為せばなる、為さねばならぬ何事も…。 最後の最後まで諦めることなく頂点を目指す!! Love KAWASAKI !!

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20ドル札のクリスマスプレゼント

今日はクリスマスイブ。

フロンターレは、ミーティングで
2013年シーズンの終了を迎え、
短いオフに入ります。


正直、サッカー選手の寿命は短いんだから
休みなくやったほうが、
引退後の第二の人生に活かせると思うんですが^^;


【休息する】というのも、
ひとつの行動ですからね。


さて、ボクからはひとつ
アメリカはミズーリ州カンザスシティで
実際にあったお話をシェアさせていただきます。


【20ドル札のクリスマスプレゼント】。


このクリスマスの時期になると、
貧しく困っている人を見つけては、
現金をプレゼントする男性がいました。

その男性、ラリーは23歳のときに、
勤めていた会社が倒産。

車の中で寝泊まりするほど、
路頭に迷っていました。

そんな生活をしていましたから、
お金は全くありません。

にもかかわらず、やけになったのでしょう、
ある朝レストランに入り、
お腹いっぱいに朝食を取った上で、
財布をなくしたとウソをついてごまかそうとしました。

なんとかその場を取り繕おうと、
レジの前でポケットの中を探すふりをしながら、


…もうダメだ、正直に言おう


と、思ったその瞬間です。


突然、一人の男性店員がラリーに話しかけ、

「あなたの席の下に落ちていましたよ。」

と、20ドル札(約2000円)を差し出してくれたのです。


お陰で、彼はその場で会計を済ませることができました。

この人生最大の苦境のときに、
偶然手に入れたその20ドルが、
後に彼の運命を変えることになりました。


運良く拾ったその20ドルの残りで、
カンザスシティに移動。

その街に住みついて、
その街で警備会社を起こして懸命に働きました。

結婚して子供も生まれ、
一瞬、ラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えました。


しかし5年後。

またもや不況で会社が倒産。
その日の食事代にも困るほど追いつめられました。


貧しさのせいでラリーは我を忘れ、
銃を手に銀行に入り、強盗を働こうとしました。

だが、そのとき銀行の中で
目にしたのが20ドル札。

それを見て、ふと我に返り、
銀行強盗をすんでの所で思いとどまることができました。


改心したラリーは1978年から、
妻の兄からの援助を受けて、
セールスマンとして懸命に働き始めたのですが、
またしても試練がラリーを襲います。


翌1979年、会社の経営が思わしくないということで、
ラリーは解雇となり、また仕事を失ってしまったのです。


もう助けてもらうあてがなくなり、途方に暮れていました。


ふと目についたキヨスクに立寄り、
ポップコーンを注文しました。

店員の女性は暗い表情で、まるで上の空。

女性はポップコーンとは全く違う商品と
おつりをラリーに差し出しました。


その様子を見たラリーは、
彼女が何かに困っていると思って
おつりの中から20ドル札をプレゼントしました。


「そんなお金受け取れません。」

「いいんだ。今日はクリスマスだからクリスマスプレゼントだよ。」


と、20ドル札を彼女に手渡しました。


実はこの日がクリスマスだったんです。

女性は嬉しそうにラリーにお礼を言いました。


その女性の笑顔がラリーを明るくし、
彼は思いも寄らない行動をとることになりました。


そのままラリーは銀行に行って、
なけなしの貯金を全部引き出し、
白いオーバーオールに、赤い服と
ベレー帽というサンタ姿で町に繰り出したのです。


そして困っているような人や貧しい人に、
20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡し始めたのです。


シークレットサンタが誕生した瞬間です。


彼にとって20ドルは大金ではなかったけれども、
困っている人々にとっては大きな助けとなり、
喜んで受け取ってもらえました。


それがラリーの人生にも、
思わぬ影響を及ぼすことになります。


家に戻ると、妻から

「銀行にお金がぜんぜん残ってなかったの!どうかしたの!?」と言われ、

とっさに

「ごめん、持っていたお金を落としてしまって、引き出したんだ…」

「仕方がないわね、でも、あなたは幸せそうね」

と、妻は怒るどころか、
微笑むだけで何一つ文句を言わなかったそうです。


さらに翌年の1980年、
ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、
またまた懸命に働きました。


そしてその年も、翌年も、その翌年も
クリスマスにも、サンタの格好をして、
困っている人々に現金をプレゼントする活動を続けました。


毎年、その金額は少しずつ多くなっていくにつれ、
不思議なことに、会社の業績も上がり、
長年の切り詰めた生活から抜け出すことに成功。


家族のために家や新しい車を買えるまでになっていました。


毎年姿を現すシークレットサンタの噂は、
段々と大きくなり、ラリーの妻も、
街中でその噂を耳にするようになった。


ラリーは妻にも家族にも、
誰にもそのことを言ってませんでした。


彼はそれからも、毎年毎年も休むことなく
シークレットサンタの活動を続けました。


9年目の1987年12月、ついに妻にシークレットサンタが
自分であることがバレてしまいました。


「すまない。」と謝るラリーに、妻は、

「素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ」

と答えてくれました。


以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。

1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは、
匿名を条件に取材に応じました。

取材したカンザスシティスター紙のマクガイヤー記者は、
彼も家族も一切、表舞台に出ようとしなかったと話しています。


しかし報道されてからというもの、
シークレットサンタの正体への関心はさらに高くなりました。

一方、ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、
ある人物に会いたいという思いが募っていました。


それはあの時、20ドルを差し出してくれた男性店員。


そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロ
という小さな町のある男性宅を訪れました。


28年前の1971年、一文無しだったラリーが、
落ちていた20ドルに救われた日のこと。


本当の落とし主が現れたら困るので、
逃げるように店を後にしたラリーは、
我に返って真実に気づきました。

20ドルは、その男性店員がわざと落として、
彼にくれたものだったことを。

男性店員の名はテッドホーン。

当時のことを思い出し、ラリーは、
彼が自分にしてくれたことを
いつか誰かにしてあげようと思ったのだと話しました。

そして、生活に窮して銀行を襲うのを
思いとどまることができたと。


もし、テッドの20ドルがなかったら、
自分は刑務所に入っていただろう。

自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、
ラリーはテッドに1万ドル(約100万円)の入った封筒を渡しました。


受け取れないというテッドに、
ラリーは自分が今あるのは、
あなたのおかげだと引きませんでした。

テッドは言いました。

「あの時、あなたがお金を持っていないのは、
入店時からなんとなく感じていました。

そして、レジであなたの様子を見た時に、
自らの過ちに気づいて欲しい、
他人への優しさを知って欲しいと思って、
あの20ドルを差し上げたのです。

それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けられ、
こうして自分に会いに来てくれました。

私にはそれで充分です。

しかし、私が受け取らなければあなたは帰らないでしょうから、
このお金は困っている人のために使わせていただきます。」


結局、テッドは、ラリーから渡された1万ドルを、
近所の病気で困っている人たちや、
生活に苦しい人たちのために配りました。


テッドの困っている人を助けたいという気持ちは、
20年以上立ったその時も健在だった。


そしてラリーのサンタ活動は全米に広がりました。


2001年には、世界貿易センタービル爆破事件のあった
ニューヨークに行き、ホームレスや職を失った人を
中心に25000ドルを配りました。

2005年には、ハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に
75000ドルを配り、27年間で配った総額は、
130万ドル(約1億3000万円)になりました。


2006年のこと。

とうとう、ラリーは自分がシークレットサンタであることを
カメラの前で話しました。


その時ラリーは、食道ガンで余命1ヶ月と宣告されており、
自らの命の宣告を受けたことで、
身近な人への思いやりを広げて欲しいという
メッセージを送りたかったからだろうと、
マクガイヤー記者は話しています。


その反響は大きく、

2日間で7000通もの手紙やメールが
彼のもとに届きました。

大半は、自分もシークレットサンタに
なりたいというものだった。

その年のクリスマスも、
彼は病気を押してサンタの活動を行いました。


そのお陰で多くの人が、笑顔でクリスマスを迎えられました。


明けて、2007年1月12日、
ラリーは58歳で静かにこの世を去りました。

彼の笑顔と優しさは、数えきれないほどの人の心に
永遠のサンタとして刻み込まれました。


その年のクリスマス。


シークレットサンタは再び街角に姿を現しました。


臨終の直前、彼の友人のひとりが、
活動を引き継ぐことを約束し、それを実行したのです。


「他の誰かを助ける事こそが、我々の生きる目的なのだ」


生前ラリーは、シークレット協会を設立しており、
その会員資格は少なくとも、
1回他人への親切な行為を行うこととしました。

今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たないそうです。


…クリスマス・イブということで、
素敵な実話を紹介させていただきました。


素敵なクリスマスを過ごして下さいね☆
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プロフィール

よっこ。♂@ふろん太サポ

Author:よっこ。♂@ふろん太サポ
お越しいただきありがとうございます♪

川崎フロンターレをこよなく愛する
30歳♂です。

モットー:~Love for all~
 愛こそが人を幸せにする☆

 そんな甘いことを常に思っています。

 心豊かな生活の実現に向けて、日々生活しています。

 応援時にはダイエットも兼ねて、Gゾーンやアウェーゴール裏で跳ねてます♪

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